なぜ詐欺に引っかかる人がいるの?障害者になり気持ちが少し分かったかも

弱者を狙った卑怯な詐欺。オレオレ詐欺や会場に人を集めて高額商品を売りつけるイベントとか。そういうのってありますよね。

 

詐欺の手口には色々あるけど、気を付けていれば引っかからないものです。冷静に考えれば「それっておかしいよね?」「お金を狙っているよね?」ってわかりそうなものです。

 

それだけに「なぜ騙されるのだろう?」って疑問を感じていました。脳の病気をするまでは。

 

脳の病気をしたら理解できました。なぜお年寄りなどの弱者が詐欺に引っかかってしまうのか。

 

今では自分でも「あ、これはコロっと引っかかっちゃうかも」って思うようになったんですよね。

 

私はネットの使用歴は長いです。(2400BPSのモデムを使ったパソコン通信時代からの経験者)アングラ系サイトなども色々見てきました。沢山の詐欺の手口を見てきました。知識はあります。敵がどんな仕掛けを施してくるのかを知っているわけです。

 

それでも「引っかかるかもしれない」って思うようになりました。

 

その理由を書いてみます。もしかすると「詐欺の防止になるかも?なにかのヒントになればいいなぁ。」なんて思いながら。

 

今の私が詐欺に引っかかるとしたらこれが理由

今の私がこれらをアピールされたらヤバいです。

     

  • 仲間がいます
  •  

  • お金が稼げます
  •  

  • 未来に繋がります
  •  

  • 元気になれます

 

この4つは病気をして孤独な毎日を送っている、今の私がとても欲しいものです。

 

障碍者になってから1年半が過ぎた今は、自宅で仕事をこなして定期的に散歩。週末は自転車で運動。そんな毎日です。人と会うことはありません。

 

仕事のやり取りはチャット、電話、メールで済ませています。だからほぼ引きこもり状態です。

 

「このままでは2次障害どころか3次障害(あるのかな?)になって潰れてしまうんじゃないかな?」

 

そう感じるときもあります。仕事の緊張感がかろうじて私のメンタルを維持しているような感じです。

 

このように心が弱っている時に「共感できる仲間がいます」なんて言われたら…もうイチコロですね!

 

思うのですが、これって自宅で孤独に過ごしているお年寄りと同じパターンなのかもしれません。

 

収入にも不安があります。だから「お金が稼げます」なんて言われたら…飛びつきたい!!!楽をしてお金を儲けられるなんてうまい話は無いですけどね。

 

お金とは違って抽象的な「未来に繋がります。元気になれます。」このキーワードは危険だと思っています。

 

今は障害がほぼ回復しています。それでも「心から元気になったか?」と聞かれたら「心から元気とはいえない」です。

 

その理由は「未来への道筋が見えていない」からです。

 

今はとにかく障害を完璧に治すこと。治らないから障害なんですけど治ってきている実感はあります。(障害は不便が無くなる。やりたいことが出来る。=治ったと受け取っています)

 

だから障害の完全克服へのゴールは近いと感じています。

 

でも未来につながる道筋が見えていません。希望がありません。常に不安がまとわりついています。だから心に余裕がありません。楽しく暮らせません。

 

もう全然ダメダメ。

 

「1年半が過ぎた今でも、長いトンネルの中にいる」そんな感じです。しんどいです。

 

そんな状況の時に明かりを持った人が現れて「出口はこっちだよ。共感できる仲間がここにいるよ!」って言われたらどうでしょう?

 

「そこが私の居場所なんだ!」って速攻で喰らいついてしまいそうです。

 

こんな心理状態に付け込んでくる詐欺にあったら…あがらえないかもしれません。怖いです。

 

障害を持って気づいた。自分が生きていくために必要なもの

以前は散歩をするとアンパンマンの歌を歌っていましたが、最近はこんな事を考えています。

 

「私には役割を果たせる場所が必要なんだな。」

 

なぜかというと、

 

「役割を果たすことで存在価値を認められたいから。」

 

承認欲求を満たしたいのかな?と。

 

障害の壁にぶち当たって錯乱状態だった時「これが出来ないと、自分に価値が無いんだ!」って叫んで家族を泣かせていました。きっとこの欲求に繋がっていたのだと思います。

 

元気だったころの自分は

     

  • 「パソコンのシステム開発はまかせて!」
  •  

  • 「新しい商品のアイデア出しをどんどんしよう!」
  •  

  • 「近所の高齢者にはボランティアでパソコンを教えちゃうよ!」
  •  

  • 「近所のお店にもパソコンの使い方教えちゃうよ!」

 

こんなことを休日や仕事を終えた夜に無償で行っていました。自分のスキルを活かしたボランティアです。

 

「お仕事に繋がるかな?」という営業の意味もありましたが、基本的に教えるのが好きなようです。

 

さらに言うと相手が喜ぶのが好き。相手に感謝されるのが好き。自分の知識を広げるのが好き。承認欲求が満たされることで、自分の価値を感じるのが大好きだったのだと思います。

 

でも。病気をしたら一切できなくなりました。

 

「最近ようやく活動を再開できるかな?」と感じていましたがコロナが流行…。踏んだり蹴ったりです。

 

今振り返ると、病気をする直前が人生の中で一番行動していて、一番挑戦的で、一番充実していました。

 

また再開したいな。コロナが落ち着いたら。また元の生活が送れるようになりたいです。

 

障害者になって見えた詐欺に引っかかる理由

お年寄りというよりも…私が詐欺にひかっかるとしたら一言でいうとコレですね。

 

「居場所」

 

居場所とは居心地の良い場所です。

 

居心地とは人から認められるということ。

 

認められるのは価値を感じてもらえるから。

 

価値とは自信を支えるもの。

 

人に価値を提供できる場所こそが私の居場所。その居場所にいることで私は自信を取り戻していく。
こんな流れですね。

 

私が見出した自分の価値は上記に挙げた通りです。価値は人によって様々です。また、私が感じている自分自身の価値と、周囲の人が感じている私の価値は違うと思います。

 

自分で自分の価値が見出せない状態は、私にとって自分から自信が無くなっている状態。何かにすがりたい状態です。

 

すがりたいものは「居場所」です。なぜなら居場所は自分の価値が見いだせる場所だから。

 

そのため「ここに居場所がありますよ」と声をかけられると吸い寄せられてしまうと思います。

 

あくまでもこれは私の事例ですけど、こんなことを障がい者になって感じ取りました。

 

「詐欺に騙されてしまう人にはこんな理由があるのかも?」

 

そう考えるようになりました。

 

まとめると
私には居場所が必要。
居場所とは自分の価値を提供できて、その価値を必要としている人がいる場所。

 

もしかしてこれが生きがいというものなのかしら?