病識…高次脳機能障害で折れる心|耐えるために一番に必要なもの

高次脳機能障害になったのは2019年1月17日。今日は2022年6月29日。3年6か月が経過したかな?日付計算は苦手です。

 

今日は「高次脳機能障害って病識が持てるかどうかで世界ががらりと変わる。」という、私の経験を元に勝手に定義している事について書きます。

 

「高次脳機能障害のリハビリのゴールは自覚」と言われるほど、自覚は大事なものですが、その自覚を促すもの。根っこにあるものが「病識を持つ」なのだと思います。もしかすると言い方が違うだけで同じものを差しているのかもしれませんが、まぁ気にせずに。

 

ところで、高次脳機能障害の自覚って難しいですよね。頭のなかで「自分には障害がある」と理解するのとは全く違います。頭では「あぁ自分は病気をして脳に障害が残ったんだなぁ。」って理解はできます。病院でそう言われますしね。

 

でも、その結果どうなるのか。どのような不都合が発生するのか。今直面している問題は障害ゆえなのか。ではその問題はどうすれば乗り越えられるのか…

 

自分の障害を自分事として具体的にどうなのかを考えようとしても実感がわかないはずです。

 

そもそも日常生活中の困り事の原因が「障害ゆえなのか」なんて考えませんし。考えられませんし。「困り事だ」と意識しずらいですし。

 

こういうのは予備知識がないと具体的に言語化して意識できないと思います。

 

では仮に予備知識があるとします。知識は千葉リハのグループリハビリでも身に着けられます。千葉リハでは自覚を促すために定期的にグループリハビリを実施しています。

 

その結果「何かをしようとしたら出来なかった。きっとこれが壁なんだなぁ」などと意識できるようになりました。

 

しかしながら障害の壁を意識できたとしても、それが高次脳機能障害の特性なのか。生まれつきの特性だからなのか…。ちょっと見分けがつきにくいんですよね。

 

それでも自分で状況を振り返られるから。じっくり考えればいいでしょう。たぶん答えにたどり着けるはずです。

 

これとは別に厄介なものがあります。それがこれから書くことです。

 

高次脳機能障害って深いです。全くもって全体像が見えないです。それでも自分の障害の正体を知るために掘り進んでいきます。

 

高次脳機能障害者は、本来なら見えるはずのないモノを見なければならない

鏡を見ずに自分の顔を確認できますか?できませんよね?当たり前です。

 

それと同じ状況が高次脳機能障害者に襲い掛かります。

 

言葉にすると「高次脳機能障害のある人は、自分が正常な動作をしているのかが、常に自分からは分からない。」と表現できるかな?

 

ややこしいですよね? 私たち高次脳機能障害者は常にそんなややこしい状態の中で生きていかなければならないのだと考えています。

 

自分自身では「今までの経験をたよりにして、障害があっても変わらずに正しい行動をしている。」とは認識しています。そう認識して自信を持って行動するわけですよ。

 

ところが実際の行動は違っています。。。

 

周囲からは「なぜそれをするの?(したの?)」状態のオンパレード。

 

障害を持つ本人にしてみれば「しっかりと考えて、失敗が無いように行動している。だから失敗のしようがない。間違いだと評価する方こそ間違いだ。」となって当然ではないでしょうか?私もそうでした。

 

ところが周囲からはOKが出ません。

 

【自分では正しいと認識しているのに周囲はNGを出す。】

 

この状況。すっごいイライラします。頭に来ます。受け入れ難いです。でも、細心の注意を払って振り返ると自分の誤りに気が付くのです。(気が付くときがあるかな?)

 

この認識の差が「障害の特性」「高次脳機能障碍者がぶち当たる壁」の一つなのではないかなと思います。

 

壁には何度もぶつかります。そういう障害ですから。

 

でも慣れないんですよどうしても。新しい壁にぶち当たると酷く落ち込みます。

 

「またやってしまったのか。やはり障害なのだ。」

 

もう、心がバキバキに折れますね。とても悲しい事です。

 

自分で自分を正しく評価できていないのですよ。自分が考えている自分の姿と周囲が評価する自分の姿には、大きなズレがあるのです。

 

自分では「正しくやれている」「もう大丈夫」「障害は克服した」なんて考えているわけですよ。ところが周囲は違う。妻に確認しても「治っていないよ」と答えが返ってくる。

 

自分が想定している自分と周りの評価のギャップが酷いです。ズレが大きいほどに「病識が無い」「障害の自覚がない」と評価されるのでしょうね。

 

私のような高次脳機能障害者には妥協が必要なのだと考えるようになりました。

 

たとえ「いや、そうじゃないよ。平気だよ。」とは本音で思っていても、周囲から「間違っているよ。変だよ。」と、指摘されたら「そうなんだ。」と素直に受け入れる能力が必要なのです。

 

それが高次脳機能障害となった私が備えなけばならない能力なのだと思うようになりました。

 

バキバキに心が折れる。何度も折れる。とんでもないハンデ戦。それが高次脳機能障害者の未来

残酷な予告っぽい見出しになってしまいましたが…。本当に心の底からそう思っています。

 

今まで何度心が折れたかわからないです。周囲からの屈辱の連続。出来て当たり前だった仕事がなぜかできない現実。意味不明。自分に腹が立つし見下してくる周囲にも腹が立つ。

 

腹が立つほどに空しい。悲しい。

 

もし健康でいられたら、見下されるなんて自分には無縁のモノでした。それが「ガーーッ!」と自分に襲い掛かってきたのです。

 

私は病気をして入院をしました。高次脳機能障害と診断を受けました。「今までの仕事は無理」と言われました。

 

それでも「自分は大丈夫!今までも努力で乗り越えてきた!!」と気合を入れて障害と真正面からぶつかりました。

 

それなのに

 

「なぜかできない」

 

意味不明ですよ。出来ない理由が分からないから、気が狂ったようになりましたよ。

 

「出来ないのならできるようにすれば良い!」という考えが私を襲いました。飯も食わず。睡眠も削って戦いました。家族も泣かせました。

 

その結果…できませんでした。なぜか?「易疲労で記憶障害が悪化していくのですが、過集中をおこしてしまい行動が止められない。さらに記憶力が悪化していく、モロに遂行機能障害」そんな状態でした。毎日毎日…。

 

「私の人生、もうおわり。」

 

そう考えました。

 

少しだけですが自殺も考えました。だってこんな何もできなくなった状態。自分には何の価値も無くなってしまったのですから。

 

結局は思いとどまりましたが、「死」は何度か意識しました。自分の存在価値がゼロになったと思い込みましたから。

 

今までの人生をかけて積み重ねてきたものがきれいさっぱりなくなったのですよ。こんなの耐えられないでしょう…。だから出来ないはずの挑戦を続けたのです。命がけです。出来なければ死ぬしかありません。そうとらわれるほどまでに視野が狭まりました。これも障害ゆえの過集中なのでしょうね。

 

結局は…今もなんとか生きています。こうして過去を振り返ってブログを書いています。今まさに同じ道を進むかもしれない障害を持つ人の参考になれば…と思って書いています。

 

「死にたいのに死ねない。辛い。」

 

そう苦しみながら生きてきました。

 

少しでも障害が良くなれば「よくなった?」と妻に何度も聞きました。そのたびに「治っていないよ」と返されました。

 

心の余裕はゼロです。ちょっとしたことで爆発します。障害前と比べて圧倒的に怒りやすくなりました。とても辛いです。

 

厄介な問題は持ち込まないでほしい。関わりを持ちたくない。そう考えてきました。これも環境調整の一つなのでしょうね。

 

高次脳機能障害になってからというもの、何もいい事がありません。もしかするとあるのかもしれませんが、全く記憶に残っていません。そういう障害でもあります。負の情報しか思い出せないのです。悲しすぎます。

 

挑戦して失敗して…調整して再チャレンジ。今日までの4年半はこんなことの繰り返しだったような気がします。

 

辛い。辛い。辛い。

 

それでも乗り換えなければならないのです。生きていくために。それが今の私の障害への考え方です。

 

  • どんな壁も挑戦せよ。
  • 失敗しても良い。
  • 疲れたら休憩だ。
  • 休憩したらまた戦え。挑戦せよ。
  • 何度も何度も繰り返せ。

 

昔のスポ根モノのようになってしまいましたが、高次脳機能障害を乗り越えるために必要な道なのだと思います。折れてはなりません。負けてはなりません。

 

万が一周囲の環境に自分の心に負けてしまったら…待つのは「引きこもりの未来」です。自分一人だけの孤独な世界の住人です。それだけは嫌です。

 

「諦めたらそこで終わり」

 

「立ち止まるんじゃねえぞ!」

 

ですよ。

 

自分を知るのは困難です。しかし壁にぶつかると、壁を意識すると、自分を知るチャンスが訪れます。壁にぶつかるのは辛いものです。心が折れます。

 

それでも壁にぶつかろう。ぶつかって、ぶつかって自分の現状を理解して、工夫をして、障害を乗り越えていこうではありませんか。